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広島高等裁判所 昭和22年(上)73号 判決

上告人 被告人 河原林吉

辯護人 弘中武一

檢察官 岡谷良文關與

主文

本件上告は之を棄却する

理由

被告人辯護人弘中武一の上告理由は別紙上告趣意書と題する書面記載の通りである

仍て、按ずるに主要食糧としての米麥に對する價格統制は其の他諸物資に對する統制と共に物價政策の一環として貨幣經濟生活の安定を直接の目的とするものであるから米麥にして其の實質的品質一般通念に照し米麥と稱するに支障なきものは當然米麥としての價格統制に從ふべきものであつて之を價格秩序の埒外に放置して統制價格以上の價格に依る取引を是認じ得べき理由はない

水害により水浸しとなつた米麥も發酵腐敗其の他の爲形状實質米麥と稱し得ざる程度に變化して居れば格別其の後の處理により苟も米麥として食糧に供するに支障なき品質を有するものは依然價格統制の對象となり統制價格を超えて之を賣却するに於ては法令違反の責を免れざるものと云はねばならない原判決が被告人に對する犯罪事實として摘示せる事實の要旨は山口縣玖珂郡日積村農業會は昭和二十年九月十七日水害に依り共の倉庫に保管中の政府管理米の一部に罹災米を生じ之が處理の結果相當數量の玄米が同農業會に於て事實上自由處分を爲し得ることとなつたので同農業會主事であつた被告人は下間政雄と共謀し右の内百十六俵を所定の最高販賣價格を超過して他に販賣したと謂ふのであつて其の證據として掲げた被告人の原審公判廷に於ける自白の内容を檢討するに右の通り賣却した玄米は前記水害による罹災米中變質腐敗の虞あるものとして非常處分をした以外のものの一部であつて米として食糧に供するに何等支障なき品質のものなる趣旨の供述であること明白であり原判決事實摘示は其の措辭稍適當を缺く嫌あるも右の如き品質が米たる趣旨と解すべきものであつて結局原審判決には辯護人主張の如き審理不盡に基く理由不備は認められない即辯護人の主張は採用し難い

仍て刑事訴訟法第四百四十六條を適用し本件上告は之を棄却すべきものとし主文の通り判決する

(裁判長判事 森加重登 判事 柴原八一 判事 藤堂眞二)

辯護人弘中武一上告趣意書

一、原判決ニ依レハ、被告人ハ日積村農業會ノ主事トシテ米穀類ノ保管其他ノ業務を擔當シテ居タモノテアルカ、昭和二十年九月十七日ノ大水害ニ依リ同農業會倉庫ニ保管中ノ政府米カ罹災シ、其濡米ノ應急處分ヤ、整理手續ヲ爲シタ結果、相當數量ノ玄米カ事實上自由ニ處分シ得ラレルコトト爲リ原審相被告ノ下間政雄ノ熱心ナル勸説ニ從ヒ前後二回ニ指定販賣價格ヲ超過シテ濡米ヲ處分シタモノト認定シ、之ニ食糧管理法第十條第三十一條同法施行令第十一條ヲ適用シテ處罰シタモノテアルカ其處分ハ不當テアル

抑モ米ハ政府カ一手ニ生産者ヨリ買入レ、之ヲ配給ノ爲メ食糧營團ニ賣却スルノテアル、然ルニ本件ノ米ハ水害事故米トシテ日積村農業會カ食糧營團ヨリ自由處分ヲ許サレ賣渡ヲ受ケタモノテ配給米テハナイ、配給米トシテ配給出來ナイカラ拂下ヲ爲シタモノテ、大濡、中濡、小濡ノ程度ニヨリ砂混リ、半腐敗等色々ノ區別カ想像出來ルカ何レニシテモ食糧管理法ノ對照トナル米穀テハナイ、即チ食糧管理法ノ對照トナルモノハ配給出來得ル程度ノ米テナケレハナラヌ、本件百十八俵ノ處分米カ果シテトノ程度ノモノカ全ク判然シナイ、農業會カ配給米ニ不適トシテ自由處分ヲ許サレタルモノナルコトハ原判決ノ認ムル通リテアツテ、共處分シタルモノノ被害ノ程度カ判明シナイ限り常識的丿自由處分ノ範圍トシテ許サレタル處分カ否カハ現物ニ依ルノ外ハナイカ、而モ現物ハ存在シナイカラ此點ハ全ク不明トスルノ外ハナイ、例ヘバ變質ノモノハ飼料、肥料等ニ處分スルノ外ハナイカ之等ニ對シテハ所謂指定販賣價格ノアルヘキ筈モナク食糧管理法ノ關スルトコロテナイ、然ルニ原審ハ此點ヲ明カニセスシテ漫然食糧管理法ヲ適用シタルハ不當テアツテ少クモ此ヲ明カニセサル原裁判ハ審理不盡丿失當アルモノト云ハナケレハナラヌ

以上ノ理由ニ依リ本件ハ破毀差戻サルヘキ案件ナルコトヲ確信スル

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